アートで脳の活性化を図る「臨床美術」

絵を描く体調が悪い?
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「臨床美術」を認知症予防だけでなく情操教育にも

「臨床美術」と呼ばれるアートセラピー(芸術療法)をご存知でしょうか。もともとは、認知症予防や症状の改善を目的に開発されたアートセラピーで、認知症治療やケアの現場では、すでに20年以上の実績があります。

臨床美術は、いわゆる「美術作品」を創作したり観賞したりすることがメインの目的ではありません。たとえば「りんご」などの静物を描いたり、粘土をこねてオブジェをつくったりと、自分の興味や関心のおもむくままに創作に集中することで脳の働きを活性化させるのが本来の目的です。

自分の好きなことを楽しみながら創作に夢中になれるという、いわば「質の高い遊び」の時間が脳のリフレッシュにつながり、脳の衰えを気にする高齢者に限らず、社会人のストレス軽減や子どもの「自分で考える力」や「感じる力」を育む情操教育にも効果があるとして、幅広い年齢層から注目されるようになっています。

ごく最近、長年にわたり女性誌の編集にたずさわってきた大先輩から「臨床美術にはまっています」とのメールが届いたのを機に、臨床美術について詳しく知りたくなり、改めて調べてみることにしました。

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臨床美術では「みんな違ってみんないい」を重視

臨床美術については、日本臨床美術協会が次のように説明しています。

臨床美術は、絵やオブジェなどの作品を楽しみながら作ることによって脳を活性化させ、高齢者の介護予防や認知症の予防・症状改善、働く人のストレス緩和、子どもの感性教育などに効果が期待できる芸術療法(アートセラピー)のひとつです。

(引用元:日本臨床美術協会Webサイト

たとえば、私たちがりんごなどの静物を描こうとすると、その静物をさまざまな角度からじっくり観察して、本物そっくりに仕上げることにエネルギーを注ぎがちです。しかし臨床美術では、絵を上手に描いたり、作品を上手く仕上げることが目的ではありません。描き上げた絵や制作した作品の上手下手は一切関係ないのです。

ただ、だからと言って、とにかく絵を描けばいい、作品を作り上げればいいというわけでもありません。臨床美術では、描く絵や作る作品にその人ならではの個性を表現することが最も大切にされています。金子みすゞの詩にある「みんな違ってみんないい」という、あの考え方です。

そのため、絵を描いたり物を作ることに苦手意識を持つ人でも、用意されているプログラムに沿って五感をフルに使いながら感性を刺激し、また頭を使ってあれこれ試行錯誤を重ねながら創作に熱中するわけですが、このことが脳を活性化させ、鍛えることにつながるというわけです。

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臨床美術の自分の作品が認められ自信につながる

同時に、描き上げた個性あふれる絵や出来上がった作品は本人の手元に残りますから、その人らしさが表れるオリジナルの絵や作品を通して、友人や家族らと言葉を交わすなど、いわゆるコミュニケーションの機会が増えるという利点もあります。

このコミュニケーションにおいて、自分が制作した作品が周りの人に受け入れられることが自信につながり、精神的にも安定して、認知症で低下しがちな理解力を維持、あるいは高めることにもつながっていくことが確認されているそうです。

あるいは、誰かに指示されたり教えられてやるのではなく、子どもたちが自分の興味や関心、気持ちのおもむくままに表現できることは、自然に自己表現する力を高めることにもつながります。

実際、臨床美術を取り入れた小学校や福祉施設での調査から、「自信をもって自己表現できるようになった」「子どもの個性が表れた」「人の話に耳を傾けるようになった」など、子どもにプラスの変化が出てきたことが報告されています。

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個人の感性を重視する臨床美術プログラム

臨床美術は、地域にある各種福祉施設や高齢者施設、リハビリテーション施設、地域コミュニティーサロン、幼稚園や保育園での感性教育の現場などで活用されています。

あるいは民間の絵画造形教室(いわゆる「お絵かき教室」)などでも、臨床美術のプログラムを取り入れるところが増えていると聞きます。

そこには、専門的な訓練を受けた臨床美術士*の資格をもつ講師がいて、一人ひとりの感性を重視する臨床美術独自のアートプログラムに沿って、すべての参加者が自分なりの方法で無理なく創作活動に専念できるよう、丁寧に指導してくれます。

この指導により、「じっとしていられないのではないか」と心配なお子さんも、また「説明しても通じないのではないか」と懸念を抱くような認知症の方も、創作活動に夢中になってしまうのだそうです。

有資格の臨床美術士が定期的に臨床美術プログラムを実施している施設の全国マップは、日本臨床美術協会のWebサイトで確認することができます。なかには、教室の見学や無料体験プログラムを用意している施設もあります。関心のある方は、最寄りの施設に一度問い合わせてみてはいかがでしょうか。

*臨床美術士(クリニカルアーティスト)は、日本臨床美術協会が認定する民間資格で、1~5級がある。同協会によると、2021年6月15日の時点で、国内外で活動する臨床美術士は約2500人。なかには出張指導を行う臨床美術士もいる。

引用参考資料*¹:日本臨床美術協会「臨床美術とは」

参考資料*²:日本臨床美術協会「臨床美術を実施している施設全国マップ」